最近、農業の中でも酪農関係は特に求人に力を入れているようです。あぐりナビや第一次産業ネットなどの農業系求人サイトにも、酪農求人を数多く見かけます。
「動植物が好きで、牧場で働くのが夢だった」という人には嬉しい世の中です!…ですが、ネットで口コミを眺めると…「酪農 きつい」「酪農 辞めたい」などなどネガティブな情報も少なくありません。
そこで、今回は、実際に酪農の現場で働いたことのある筆者が実体験を基に、ネットでウワサされる酪農のあれこれについて語ります。酪農は今でも3K(キツイ、キタナイ、キケン)なのか?実際にきついのか、やりがいはあるのか、などなどについて「働き手」目線での印象を述べていきます!
未経験歓迎って本当?
酪農求人の多くか「未経験歓迎」謳っています。未経験歓迎というと、人手不足であることが想像に難くないと思いますが…、実際、人手不足は現場場でも実感しており、「未経験でも仕方がない」というのが本音だと思います。実際、他の企業では書類落ちしそうな年齢(45歳以上かつ未経験)でも、酪農業界に転職した例も知っています。
牛の世話(餌やり、糞尿の掃除、搾乳など)は毎日の作業なので、未経験でもとにかく体を動かして手伝ってもらいたいたいという仕事がたくさんあります。事前知識がなくとも、体力があれば任せられる仕事も多いという意味で、未経験者でも戦力にはなれます。人手が足りないので、採用のハードルは実際に低いと言えるでしょう。
(例えば、システムエンジニアになるのにパソコンの知識が皆無では務まらない、というのがイメージできると思います。その点、餌運びや糞尿の掃除はその場で指示を受けてできるので戦力にはなるという意味です。)
未経験OK=簡単な仕事というわけではない
ただし、酪農の求人に「未経験者歓迎」とは書いてあっても、「誰にでもできる簡単なお仕事です」という意味ではありません。
実際、3日も勤めれば、一通りの作業は覚えるでしょう。しかし、前搾り(機械での搾乳をする前に、数回手搾りをすること)の際に乳頭を握る圧力や、搾りきりのタイミングを覚えるなど、日々の作業を正確に一定の条件でこなすのは大変です。不慣れな人間が行うと、乳房炎といって牛の乳房が炎症を起こしてしまう事態も発生します。
未経験でもできる作業は多いので、求人に応募すれば歓迎はされますが、「ただの作業員」を卒業して、「仕事」のできる社員になるには1年では足りません。筆者は1年間週4~6日(1日10~12時間)働いてもまだまだ「仕事が全然なってない」怒られます。
酪農の仕事はきつい?楽?
酪農の現場で任される仕事は、多くの場合「搾乳」「清掃」「給餌」「仔牛の世話」がメインになります。
最近では、全自動搾乳や搾乳ロボットを取り入れている酪農家さんもおり(この他、給餌、餌寄せ、清掃もそれ専用もロボットがあります)、省力化も進められていることも事実です。ですが、家族経営の酪農家では、搾乳は手作業+機械搾乳場合がまだまだ圧倒的に多いと思います。
全自動搾乳についての参考ページ:農林水産省 特集 ITで拓く農の未来
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1008/spe1_03.html
搾乳作業はきつい?楽?

酪農の求人は搾乳をメインの仕事としてを募集しているところが多いはずです。現代では、牛からの搾乳はミルカーと呼ばれる機械を使っおり、「機械を使うから楽だよ〜」と謳っているところもあります。しかし、「機械化」の進み具合は現場によって大きな差がありますので注意しましょう。
手作業+機械搾乳場合、その手順は「牛の乳頭の消毒→キレイに拭く→前搾り→ミルカーの装着」です。前搾り段階では、乳汁の状態を見て出荷可能な牛乳かどうか判断せねばならないのでかなり神経を使います。さらに、この作業中、牛に蹴られたり、(弾力のある乳頭を1頭につき4つ前搾りするので)腰を傷めたり、手が腱鞘炎になったりします。単調作業のようで、全く気を抜けません。
筆者は高度なロボットを導入している農家さんで働いたことはありませんが、機械化が進めれば、それ相応の新たな大変さも生じるとのことです。ですから、求人広告に「機械を使うから楽!」と書いてあった場合は、実際に現場を見て、そこの農家さんとお話しして、できれば体験をさせてもらった上で、自分にできそうかどうか判断しましょう。
仕事時間について…実際は?
酪農の仕事は、朝・夕毎日2回、餌やりと搾乳を行います。酪農家さんによっては、搾乳は朝・昼・夜の3回行なっている場合もあります。したがって、朝5時〜と夕方4時〜の2回出勤します(出勤時間は、季節や地方そして各農家さんによっても異なりますが、だいたいこの時間が基本です)。
求人広告には、「朝5時〜9時と夕方4時〜21時、その間は自由!」とあり、それに魅かれることも多いかと思います。しかし、雇い主の農家さんはその間も休みなく働いていることが多く、バイトたちも流れで残業になるケースも往々にしてあります。昼休みも、疲れて眠ってしまうため、筆者は「仕事がある日は、他のことが何もできない」状態です…。
酪農に限らず、他のバイトも大概そうですが、10分遅刻すれば怒らるのに仕事時間が1~2時間伸びても文句は言えません。8時間勤務を守ってもらいたい場合は、就労前にしっかり契約書を交わすか、(農家さんで直接雇われるのではなく)農協などを通して「酪農ヘルパー」として働くことをおすすめします。
酪農ヘルパーは「農家さんから感謝されるお仕事です」って本当?
酪農ヘルパーは「農家さんから感謝される」のでしょうか…。正直な感想として、感謝されるのは、入社直後、…そして本当に感謝されるのは数年間みっちり仕事をした後だと思います。
先にも述べたとおり、酪農業界全体が深刻な人手不足に悩む地域もあるため、ヘルパーとして仕事を開始した直後は(やっと人が入ってくれた…、と)感謝されるでしょう。数日間は、糞尿掃除や洗い物をしただけで、「いやあ、本当助かった。」と言われることもあるでしょう。
ですが、やはり「お手伝い」でなく本当に「仕事」ができるようになるのには数年かかります。しかも、酪農ヘルパーの場合、一軒の農家に従事するのではなく数件を回るわけですから、それぞれの農家の仕事のやりを覚えるのは大変です。
牛一頭一頭は酪農家にとっての財産そのものです。そして、牛は想像以上にデリケートです。触り方、接し方は乳量にもダイレクトに影響しますし、触り方が悪ければ乳房炎にもつながります。ヘルパーやバイトとして働く場合も、お手伝いさん感覚でなく、「農家の財産を直接触る、非常に緊張感のある仕事」と思った方がいいというのが筆者の感想です。
半年ほどちやほやされた後は、「あの時、お前が入ったせいで乳房炎が増えて本当大変だった」「尻拭いが大変だった」「いないよりマシ」という数々の本音に耐え、体の疲労と筋肉痛や腰痛を乗り越え、牛という生き物が起こすイレギュラーにも対応できるようになって初めて、「助かったよ」と感謝される日が来るのではないでしょうか。
「動物が好きって動機だけでは務まらねーぞ!」って本当?
酪農の仕事に応募する女性にありがちなのが「牛かわいい」「動物好き〜」という動機です。これに対し、「“動物が好き”ってだけでは務まらねーぞ!」という声も聞こえます。これについての筆者の意見を述べてみます。
確かに、「動物が好き」だけでは3日持たないかもしれません。今は、現場によっては、機械化が進み、未経験女性歓迎の牧場もたくさんあります。ですが、実際まだ多くの現場で、働くにあたってかなりの体力と腕力が必要で、それに耐えられない若い男子・女子がおります。
また、糞尿のみならず、餌の匂い(発酵系の餌を使っている場合)に耐えられないという人もおります。この他、夏の暑さ、冬の寒さの中での労働、朝が早くてきついこと、肉体疲労、虫刺され等々と、「牛の可愛さ」を天秤にかけて、牛と働く魅力(=やりがい)が勝る人が生き残れると考えてください。
ただし、「“動物が好き”ってだけでは務まらない」の声をまともに受けて、一度は某メーカーに研究者として就職した筆者に言わせると、やはりある程度「好き」でないと務まらないと思います。どの職でも、それなりに癖があり、好きになれないことはあるからです。
筆者は某研究テーマの対象物にどうしてもどうしてもどうしても興味が持てず、成果が挙げられずクビになりました。そういうこともあるので、「動物が好き」な気持ちがあるのなら、そして酪農に興味があるのなら、アルバイトからチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
酪農の仕事にコミュ力は必要?仕事相手はずっと動物?
酪農業界を志す人の志望動機として、稀に「対人関係が苦手なので、動物相手の職業に就こうかと思って…」という話を耳にします。確かに普段の仕事は牛相手ですが、コミュニケーション能力はある程度必要なので、そこは注意しましょう。
まず、牛の状態は日々変化します。乳汁の状態が悪い牛や体の具合が悪い牛もいます。搾乳時に暴れるので、アプローチに注意が必要な牛もいます。そういった細かいことのひとつひとつを農家さんとしっかりコミュニケーションをとりながら、ニュアンスをよく飲み込んで作業せねばなりません。
また、もし将来的に、従業員としてではなく酪農家として生計を立てていきたいのであれば、実に多くの人・業者とコミュニケーションをとる必要があります。酪農業を営む上で密に関わる人・業者を思いつく限りざっとあげると…
- 餌業者(濃厚飼料、牧草など複数)
- 牛乳の卸先
- 獣医師
- 削蹄師
- 家畜運搬業者
- 家畜売買先
- 牛の「種」(牛は人工授精で受胎させます)販売業者
- 搾乳器をはじめ各種機械のメンテナンス、工事業者
- 糞尿処理(堆肥)関連
- お役所(各種申請・許可証の取得)
…などなど挙げればキリがありません。
このような業者、個人事業主などに加え、近隣住民とも上手く付き合い(臭いのクレーム、時には牛が逃げたりもするのでその対応など)事業を回して行かなければならないのです。
まとめ
いかがでしたか。同じ「酪農家」と言っても、農家さんによって経営方針や考え方、牛への接し方ひとつとっても千差万別です。どこまで人の手で行い、どこまで機械化するかも異なってきます。
個人農家さんで働く場合と、大規模経営されている酪農会社で働くのでも大きな違いが生じます。今回は小〜中規模の家族経営の農家で働くことをイメージして記事を書きましたが、規模によっても仕事の質・量(どこまで臨機応変さが求められるか)が異なります。
- 未経験者も歓迎されるが「誰でもできる簡単な仕事」ではない
- 機械化が進んでいるとはいえ、まだまだ人の手で行なっていることも多い
- 仕事時間は早朝〜と夕方〜の1日2回出勤。労働時間は農家による(8時間労働をしたければ、就労前にしっかり交渉しよう)
- 「感謝される」のは仕事ができるようになってから(数年〜十数年後)
- 動物が好きなだけでは務まらないが、動物が好きでないと務まらない
参考になりましたでしょうか。自分に合った規模や思想の会社で働けると良いですね。
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